読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

のっぽさんの勉強メモ

主に中学の学習内容を扱っています。不定期更新ですー。

2/21 こころの話:わが心の弱さと「いじめ」 ~自分なりの対処を考える~

こころの話

 こころの話。「いじめ」に関する話です。
 難しい話なんで、すごい悩んだんですが、やっぱり書いときます。
 テーマは「弱い自分を認識したうえで、どう向き合うか」です。

 嫌な話や「悪い」内容、情けない話を含むので注意。
 今いじめられている、という方はあまり読まない方がいいかも。
 場合によっては「見損なったぜ、のっぽ(筆者)!」と思ってくださいな。
 あなたがどう感じるかは自由でございます。


 昨日NHKの「いじめ」についてのドラマ『海底の君へ』をちらっと見ました。
 ちゃんと見てないので内容については言えませんが、そこから連想したことを。

 ここで「俺は絶対に人をいじめたりしない!」と言えたら格好良いのですが、
 残念ながら、筆者には、「絶対」とは言えません。すみません。
 というのも、「いじめに加わらないと自分がいじめられる」ということになった時。
 「立ち向かえない可能性が高いんじゃないか」とどこかで思ってしまいます。
 ぶっちゃけ「弱い俺は保身に走ってしまうんじゃないか」と思います。
 もちろん「実際には立ち向かえた」ならそれでいいんですが。

 だから、筆者はよく思います。
 「いじめられる人の痛みを考える」というアプローチは重要なものです。
 でも「それだけじゃあ(俺にとっては)限界があるかもしれん」と。

 だって、「ある程度痛みを分かって」いても、
 弱さゆえに「自分の身を守るために人をいじめかねない」なら、
 人の痛みを理解することだけでは、「ブレーキになっていない」のですから。

 「それはお前の理解や優しさが足りないだけだ」と思うかもしれません。
 そうかもしれません。
 しかし、果たして筆者の共感性は「そこ」に辿り着けるでしょうか?
 つまり「人の痛みを感じ取り、悪いことをやめ、立ち向かえるレベル」に。
 たどり着けたならよし、それがブレーキになってくれるでしょう。
 でももし、筆者の共感性の限界が「そこ」に達してないならば、
 (人は同じだけ優しくなれるとは限らない)
 「共感性を伸ばせ!」というやり方は、実際に筆者を止めてはくれません。
 ブレーキにならないレベル*1で足踏みを続けていることになるのですから。
 もちろん、その方向の努力も重要であり、続けることは大事ですが、
 そこ「だけ」にこだわり続けることは、逆に危険を呼びかねない(結局ブレーキが利いていないから)な、と思います。


 だから、筆者は「自分には」別のやり方も要るな、と思います。
 つまり「別の形で筆者を止めてくれるシステム*2です。

 ぶっちゃけすぐには思いつきませんが……
 でも自分の弱さを認識しているから、できることもあるかな、と思います。
 例えば、「早めに人に相談する」とか。
 筆者は多分、事態が重くなってからではプレッシャーで動けなくなるので。
 その意味では、「家族とか周りに話をしておく」というのもいいですね。
 事前に、家族とそういう話をしておくだけでも、実際に遭遇した時に少しは動きやすくなるかもしれませんし。
 (これはなったらいいな、であり、実際にどうのこうのではないです)
 筆者の場合「俺は多分弱くて、いじめる側に回ってしまうかもだから、そうなったら止めてね」って周りにお願いしておく方法もあります。

 自分が対象になった時や巻き込まれた後のうまい対処法は思いつきませんが(これはちゃんと調べなくては)、
 せめて自分自身がメインで「いじめ」る側や暴力を振るう側にならないように、
 「ストレス」を感じたら速めに対処するということは間接的に大事かなと思います。

 つまり、筆者には「悪い状況から這い上がる力」はないかもしれませんが、
 「そもそも悪い状況になるのを避けること」はできるかもしれません。
 向こうからやってくるものには対処しきれなくとも、
 そうなったときのために「保険」をかけることはできるし、
 自分で起こすことくらいは避けられるかもしれん、って感じですね。


 だらだら書きましたが要は「色んな方向からできることがあるかもしれん」ってことです。
 いじめる側に回ってしまった場合、「自分はダメだ……」と思ってそこで諦めてしまうかもですが、
 そんな時でも、色々やりようはあるかもしれないってことです。
 つまり「行動を起こすために、あなたが清廉潔白(せいれんけっぱく)である必要はない」ってことですな。
 筆者のように弱くても、やり方は考えられるってことです。
 他人の痛みがよく分からなくても、できることはあるってことです。

 つまり「痛みを理解する・心を鍛える」ことが「ソフト面の取り組み」ならば、
 それと別に「状況を物理的に避ける・保険をかけておく」ことは「ハード面の取り組み」と言えるでしょう。
 そしてそれは、両方やっておいてもいいわけです。


 もちろん考えても、できることと、できないことはあるでしょう。
 でも「あることAができないからといって、別のことBをあきらめる必要はない」ってことです。
 筆者の場合、例えば「他者の痛みを感じていじめに立ち向かい、止める」ことはできないかもしれません。
 (それができる方から見れば、なんと情けないことですが)
 でも「自体が悪化することを防ぐ」ことや「せめて自発的にやらないようにする」くらいはできるかもってことです。

 1つのことを諦めてる時間でも、別のことができるなら。
 別の方向から取り組んでみてもいいかもしれない、と思います。
 そう思うので、今回色々書いてみました。ご不快に感じた方にはすみません。
 「お前は全然分かってない」という方には本当にすみません。

 そんな感じです。


benkyoumemo.hatenablog.com


benkyoumemo.hatenablog.com