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のっぽさんの勉強メモ

主に中学の学習内容を扱っています。不定期更新ですー。

10/16 歴史:女性領主と「カノッサの屈辱」!

 歴史の話ー。まだ調子悪いので簡単に。
 中世ヨーロッパのの「女性領主*1」の話です。


 中世ヨーロッパの領主、というと男性が多いイメージですが、
 女性の領主がいなかったわけではありません。
 手元の『ファンタジー世界読本』(幻想世界史研究会編,2013)には中世の時代においての女性の活躍が載ってます。

 その中には「トスカナ女伯(とすかな・じょはく)」という人物も載っています。
 (トスカナは地方の名前で、「女伯(じょはく)」は「女性の伯爵(はくしゃく)」という意味です。
 「伯爵(はくしゃく)」というのは貴族の位の一つです)
 彼女は世界史の教科書に載ってる「カノッサの屈辱」に関して活躍した人物です。

 ざっと事件を説明すると、
 神聖ローマ皇帝「ハインリヒ4世」が教皇「グレゴリウス7世」と争って
 キリスト教*2から破門される、という事件が起きました。

 当時ヨーロッパはキリスト教抜きでは考えられない世界だったので
 キリスト教からの破門、となるとかなり重大な事態になります。
 (この時代、生まれた子はすぐに洗礼を受け、キリスト教徒でないと天国に行けないとされていました。
 つまり、破門は世界から見放されることであり、死後は地獄に落ちかねない、ということを意味します。)

 そこでハインリヒ4世が「カノッサ城」にいたグレゴリウス7世に対し、
 カノッサ城の外の雪の中で許しを乞うた……というのが、「カノッサの屈辱」という事件です。

 で、『ファンタジー世界読本』によれば、
 この時のカノッサ城の持ち主は「トスカナ伯の未亡人マティルダ」であった(上記 p.32)と書かれています。
 (「未亡人(みぼうじん)」というのは夫を亡くした女性に対する言い方)

 さらに、手元の『ビジュアルワイド 図説世界史』(東京書籍研究部,1997)においては「カノッサの屈辱」を描いた絵の解説に
 「教皇グレゴリウス7世に破門されたハインリヒ4世が、クリュニー修道院長とトスカナ女伯に仲裁を頼む場面」(上記,p.102)と書かれていますので、
 「トスカナ女伯」はただ城を持っているだけでなく、この事件について活躍を果たした、ということになります。


 細かいデータは今手元にはありませんが、日本の戦国時代でも女性の武将、城主は意外といたといいますし。
 けっこう探して知ってみると、中世ヨーロッパや日本の戦国時代のイメージが変わるかもしれません。



 まあそんな感じで~。



◆参考文献
・幻想世界史研究会編,2013,『ゲーム・映画・マンガがもっと楽しくなる ファンタジー世界読本』,実業之日本社
・東京書籍研究部,1997,『ビジュアルワイド 図説世界史』,東京書籍株式会社



◆用語集 (人物名は敬称略)
・トスカナ女伯:トスカナ州の女性伯爵。
 ここでは、「カノッサの屈辱」に関わったある個人を指す。
 wikipediaによれば名前は「マティルデ・ディ・カノッサ(Matilde di Canossa)」(1046年? - 1115年」)。
 本文で「未亡人」と書いたが夫からトスカナ伯を継いだわけではない。
 もともと父がトスカナ伯であり、兄がそれを継ぎ、その兄が亡くなった後にトスカナ伯となったようだ。
 だから夫と結婚する前からトスカナ女伯ではあったことになる。

トスカナ州(Toscana):またはトスカーナ州
 現在のイタリアの州の一つ。
 芸術の都「フィレンツェ(Firenze)」や「ピサの斜塔」で有名な「ピサ(Pisa)」などの街などがあることでも有名。
 wikipediaによれば、 ルネサンス期に活躍した「レオナルド・ダ・ヴィンチ」、「ミケランジェロ」「ラファエロ」などはトスカーナ人らしい。
 あと「ダンテ」や「アメリゴ・ヴェスプッチ」「ガレリオ・ガリレイ」も。
 すごいぜトスカーナ州

・伯爵(はくしゃく):貴族の位である「爵位(しゃくい)」の一つ。
 偉さはだいたい①大公(たいこう)・②侯爵(こうしゃく)・③伯爵(はくしゃく)・④子爵(ししゃく)・⑤男爵(だんしゃく)、という順番。
 当時の貴族はつまり「領土を持っている」ということである。
 ちなみに「騎士」は位を持たない貴族という扱いだったようだ。
 上記のトスカナ女伯がついだのは「トスカーナ辺境伯」であり、普通の「伯」(伯爵)よりちょっと偉かったようだ(wikipedia辺境伯」参考)。

カノッサ(Canossa):現在でいうイタリアにある町。
 今ではエミリア=ロマーニャ州レッジョ・エミリア県という扱い。
 トスカーナ州ではないようだが、当時はここもトスカーナ辺境伯が所有していたのだろうか?
 詳しく調べる必要がありそう。

・ハインリヒ4世(Heinrich IV):1050-1106。神聖ローマ皇帝
 教皇グレゴリウス7世と激しく争った。

・グレゴリウス7世(Gregorius VII):1020?-1085。ローマ教皇
 ざっくり言うと「教皇(きょうこう)」というのはキリスト教カトリック教会で一番偉い人。
 特にハインリヒ4世との争いで知られる(「叙任権闘争/じょにんけんとうそう」という)。
 当時、キリスト教の聖職者を任命する権利は皇帝などが持っていたので、
 それをめぐって教皇と皇帝が争った、という話。

神聖ローマ帝国:昔あった国。ここら辺の国は激しく名称を変えているので分かりにくい。
 日本では962年に始まったとしているが、ドイツではまた違う見方をしているらしい。


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