のっぽさんの勉強メモ

主に中学の学習内容を扱っています。不定期更新ですー。

5/30 学+こころ:「努力(どりょく)」が「途切れた(とぎれた)」時の話

 学習+こころの話ー。
 「努力(どりょく)が途切れちゃった時にどうしよう」みたいな話です。
 「頑張ってたことが中断しちゃった」みたいな感じですね。


 前置き。
 世の中には「たゆまぬ努力(弛まぬ努力)」という言葉があります。
 まあ「途切れない努力」みたいな意味ですね。

 「弛む(たゆむ)」という言葉があるので、その否定形ですね。
 「弛む」は「たるむ」とも読むので、そっちの方でおなじみかもです。


 弛まぬ努力、途切れない努力、長期間の努力というのは素晴らしいものです。
 そんな「弛まぬ努力」は美しく思えますが。

 じゃあ逆に「たるんだ」「途切れた」時はどうなのだろう、
 どうしたらいいのだろう?と思いまして。
 ちょっと考えてみました。


 長いこと続けてきたこと、あるいは続けようとしたことが途切れた時は
 例えば以下のような気持ちになることが予想されます。

 ・自分の持続力のなさがちょっとイヤになる
  (場合によってはケガとか病気でも自分を責める)
 ・同じことをしている人に対して、差がつくことを焦る


 で、そのあとの「再開」の仕方はとりあえず以下のような感じですかね。


 ①努力量を倍にして再開する

 ②以前のペースで再開する

 ③軽めにして再開する


 みたいな。
 まあここら辺は割とすぐに「再開」する感じですが、
 その前に以下のようなステップをはさんでみてもいいかもです。


 ④再開する前にちょっと考える

 ⑤やり方を一度見直してみる

 …みたいな。

 というのも、中断してしまった理由の中には、
 「今のやり方がそんなに効率が良くない」場合や
 「実はもうやる気が尽きてしまった」場合やがあるかもしれないからです。


 例えば体の回復力を超えて、過度の負担をかけるやり方は、
 体がケガしやすくなってしまって長続きはしにくいでしょう。

 あるいは、心理的に無理をしてやっているときも同様です。
 この場合は「心の回復力」を超えた努力ということになりますね。
 または単に「他にもっとやりたいことが見つかった」場合も、気持ちは変わるでしょう。


 もちろんそんなしょちゅう「効率」や「自分の気持ち」を気にする必要はないかと思います。
 ベストなやり方以外は全部無駄、というわけでは全然ないですしね。

 ただ、決断力がある人ほど「できてしまうからこそ、無理をしてしまう」ことがあるかもしれません。
 その人はあとで「溜まった無理」のせいで、
 大きなケガや精神的な不調、
 あるいは「頑張っていたことを嫌いになってしまう」こともあるかもしれません。
 まあこれはよほど極端な例ですが。
 (怖がらせてしまったなら申し訳ありません)
 頑張ろうとしていたことを嫌いになってしまう、というのはちょっと悲しいですね。




 「努力が途切れた」というとあまりプラスには聞こえませんが、
 逆に言えば「休みを利用してやり方をチェックできる」タイミングでもあります。


 頑張ってる最中というのは方針変更はしにくいもの。
 あなたの努力が何かの出来事で、ふいに途切れてしまったときは、
 それを「頑張って」再開する前に、色々工夫を考えてみてもいいかも?

 より良いやり方が見つかって、以前よりもパワーアップしたり、楽しくやれるかもしれないですしね。
 (もちろん無理にパワーアップさせる必要はないです)


 まあそんな感じで~。




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