のっぽさんの勉強メモ

主に中学の学習内容と、それに絡みそうな色んなネタを扱っています。不定期更新ですー。あ、何か探したいことがある場合は、右の「検索」や記事上のタグやページ右にある「カテゴリー」から関係ある記事が見られたりします。

2/23 ゲーム:TRPG『ドラクルージュ』小説/『最初の剣、最後の剣』

 ゲームの話ー。
 またTRPG『ドラクルージュ*1の小説っぽい物ができてしまったのでメモ。

※ 勉強とは関係ない内容となっております
※ 以下の内容はフィクションであり、割と内輪用の趣味の二次創作です


※ ※ ※



☆タイトル:『最初の剣、最後の剣』


 「――カルロ、君は『一番強い剣』ってどんなものだと思う?」

 少年はふいに問いかけた。


 ――常世国。
 ドラク領中のある領土の中庭。一人の少年と、一人の青年がいた。
 ――否、一人は騎士であり、見た目通りの年齢ではない。
 少年に見えたのは「白柳卿」と呼ばれた騎士ウィロー・フォン・ダストハイム。
 そしてもう一人の「青年」は彼の従者、カルロであった。
 ウィローはダストハイムの領主であり、本などを読んで過ごすことが多かったが、剣術に対しても並みの騎士以上に力を入れていた。
 そして従者カルロはその剣の腕に魅せられており、主に頼み込み、空き時間を見つけては、剣術を習っていた。
 そしてこの日もいつものように稽古をしていたのだが……。

※ ※ ※

 主の言葉に、カルロは素振りの手を止めた。
「それは、一番強い剣を振るえる騎士は誰か、という意味でしょうか?」
「ああ……いや、そうじゃない。なんとなく聞いてみたかっただけさ」
「そうですな……」
 カルロは思案する。
 カルロの主であるウィローは、思慮深きダストハイムの血統に属する、そのため深遠な、または難解な問いかけをしてくることは珍しくなかった。
 が、今回の問いはそれにしては雑駁であり、素朴な問いであった。

 あえてカルロは、一般論的に答える。
「強い剣と言いますれば、やはり、速く、鋭く、何より美しい剣と愚考いたします」
「ああ、そうだね。それがまあ思いつくところだろうなあ」
 ウィローの返事は、どこか奥歯にものが挟まった風であった。満足する答えではなかったようだ。何か、具体的なものを思い浮かべているらしい。
 カルロは膝を折って頭を垂れる。
「主よ。もし許されるなら、私めなどには考えもつかぬ、そのお答えを聞かせて頂けませぬか」
「いやいやいや、そんな畏まるものではないんだ!すまないカルロ、君を試したかった訳ではない」
 ウィローは慌てて手を振る。
「ましてや正解のある話ではない。……うん、僕はただ、自分が習った『奥義』の話を思い出しただけさ」
「なんと!?……失礼いたしました。出過ぎた真似をば……」
 自分はまだ剣を習ってわずかの時しか経っていない。己の器に見合わぬ言葉を聞いてしまったのではないか……と思い、カルロは慌てるが、
「大丈夫。これは言葉だけ知っていても、何にもならないから。特に強くもなく、正確には技でもない」
 と、ウィローが笑って言うので、カルロはひとまず安堵した 。
「なるほど。しかし奥義……そのようなものが、主様の血統には伝わっているのですね」
 しかも「言葉だけでは何にもならぬ」とは。いかにも深遠、智者の血統たるダストハイムらしい――カルロはそう思い感服したのだが。
 だがウィローは首を横に振った。

「これはダストハイムの技ではないよ。……『民』の技だ」

「民の!?」
「そう。民である我が剣の師、ハザウェイの練った技。……良ければそれについて、少し話をしようか。奥義たる、『最初の剣』と『最後の剣』について……」
「是非に」
「うむ、これはまだ僕が『民』であったころ……」
 そう言ってウィローは、語り始めた。


※ ※ ※


 その昔。
 「白柳卿ウィロー」がまた騎士でなく、民であった時。
 その老人「ハザウェイ」のもとを訪れたのは、下心あってのものだった。

 ここに至るには経緯がある。
 少し前、ウィローの住む村に、ダストハイムの賢者が訪れた。
 その温和で思慮深い人柄に多くの村人が魅せられ、彼の従者となることを希望した。
 賢者は微笑み、「この村を近い内に再訪すると思う。その時に従者を取るかもしれない」と述べ、去っていった。
 ウィローも彼に魅せられた者の一人だった。そして彼の従者となることを熱望した。

 だが困ったことがあった。ウィローには取り柄がなかったのだ。
 体は生来病弱であり、力は弱かった。学も抜きんでるほどではない。
 つまり、他の競争者に勝てる要素がない。
 ウィローは焦り、早くも落胆した。このままではかの賢者に選ばれない。
 そんな時、彼は噂を耳にした。村の外れに住む老人が、剣術を嗜むということを。
 剣術は騎士の基本、されど重要な物である。もし修めることができるなら…従者に選ばれる確率は上がるだろう。
 ウィローはわずかな希望を胸に、その老人のもとを訪れた。


※ ※

 村の外れにある家で、ウィローを待っていたのは、偏屈そうな老人――ハザウェイだった。
 顔に刻まれた皺は深く、目はぎょろりとしていて恐ろしい。
 同じ村に住んでいるため多少の面識はあった。だが彼が剣術を嗜むということは、何故かこの日まで知らなかった。

 恐る恐るウィローは剣を習いたい旨と理由を述べ、師事を請うた。
 ハザウェイは不機嫌そうに答える。
「剣を習いたいってか」
「はい」
「力に自信はあるかい。あるいはなんか取り柄とかよ」
「……ありません」
 ないからここに来たようなものであったが、さすがにそれは言えなかった。
「ふん。じゃあ、まずは……試させてもらうか」
そう言うとハザウェイは奥の部屋から何かを持ってきた。

 ――それは剣であった。しかも見るに、金属のようなものでできている。
 これは稀有なことであった。騎士であれば己で武具を具現化できるため、市井に鋼の剣はほとんど存在しない。騎士から送られたものを除いては。
 よってこの剣も、どこかの騎士より送られし珍品であろうと思われた。

「抜いてみろ」
 ハザウェイはそう言ってウィローの眼前に剣を差し出す。
 ウィローは、緊張しながらそれを手に取ろうとする。
 だが、その鋼の剣は予想より重く、ウィローの腕力は生来弱く。
 ……その結果、剣を取り落としてしまった。
 ――床に鈍い音が響く。ハザウェイがすぐさま怒鳴った。
「馬鹿野郎!」
「ご、ごめんなさい!」
「お前、剣を持つ力もねえかよ」
「すみません……」
 恥じ入るウィロー。剣を鍛えてもらうどころか、剣を持つことさえままならなかった。
 こんなことでは弟子入りなど無理だ。そう思って諦め、涙をこぼす。
 だが、ハザウェイは、その様子を見て

「剣も持てず、悔しくて泣くか。……ふん。悪くねえ、気に入った」

 と言って、何やら満足そうな顔をした。

※ ※ ※

 ウィローはその言葉の意味が分からなかった。何を言っているのだろう?今の自分のどこに「悪くない」要素があったというのだろう。
 だが、ハザウェイは構わず言葉を続ける。
「悔しいか、坊主。剣を落として申し訳ないと思うか」
「…思います」
「良し」
 ハザウェイは重々しく頷いた。

「それを決して忘れるな。自分が非力であるということを。それが俺の剣術の奥義だ。名前を付けるとしたら、『最初の剣』だ」

「『最初の剣』……?」
 奥義?「最初の剣」?
 訳の分からないウィローを捨て置き、ハザウェイは椅子に逆向きに腰掛ける。

「崇高でも下賤でも……どんな理由でも、人は剣を取れる。何にせよ最初にはそいつなりの懸命な気持ちがある。だがよ、剣が振れるようになってくると、次第にそれ自体が楽しくなってくる。腕前が上がり、できることが増えちまう」

「それは……良いことではないんですか?」
 力が無いものが自信を手に入れる。
 ウィローにはとても素晴らしいことに思われたので、恐る恐る聞いたのだが。
「馬鹿野郎、『良い』とか簡単に言うな」
 ハザウェイは苦虫をかみつぶしたかのような顔で答えた。
「自分が強いと思うと、人は舞い上がる。そして最初の目的を忘れる。最初の気持ちから…『最初の剣』から遠ざかっちまうんだ。そしてやがて変質する。――例えばよ、お前、この村のやつらが憎いか?」
 急に物騒な話をされて、ウィローの心拍は跳ね上がった。
「憎、くは……ないです」
「そうか。だが不満そうな顔をしてるぜ。お前、本当に恨みはないのか」
「………………」
「――そいつら、斬りたくなるかもしれんぜ。強くなったらさ。いつかの仕返しをしてやろうってな」

 剣呑な言葉であったが。その可能性がない、とは言えなかった。
 病弱で取り柄のないウィローがあざ笑われることは皆無ではなかった。健康である人間を羨んだこともある。
 力を手に入れてしまえば――正直、自分が何をするか、分かりはしない。

 黙り込んだウィローを見て、ハザウェイが笑う。

「……強くなるってのは、そういうことだ。『何となく』できることが増えること。息をするように容易く、人を斬り、傷つけられるようになること……」
 ハザウェイは途中から何やら遠い目で語っていたが、やがてウィローを真直ぐに見据え直した。
「剣を教えてやる。だがそれには条件がある」
 その目に射すくめられて、ウィローは息をすることも苦しくなった。


「お前はこれから先、何べんでも今日のことを思い出せ。今日のことはお前の恥だ。一生の恥だ。例えどれだけ強くなっても。――だが、それを通じて思い出せ。剣を振れることは当たり前じゃない。剣を持てることも当たり前じゃない――」

 滔々と。しかし一言一言を噛み締めるようにハザウェイは述べる。

「お前が傲慢になっちまいそうな時に思い出せ。今日、お前が剣を持とうとした気持ち。そしてお前が、最初に剣も持てなかったときの気持ち。悔しさ。恐怖。それが『最初の剣』だ。いざという時に、傲慢なお前自身を斬れるように。お前は常にそれを持っておくんだ」


※ ※

――現在。

「なるほど……そのようなことがあったのですね」
 庭園にて、主・ウィローの話に、カルロは聞き入っていた。
 感服したようなカルロの表情を見て、ウィローはばつが悪そうに頭を掻く。

「まあ……恥じるべきは、当時自分が何を言われているかわからなかったことだね。今のカルロみたいに素直に人の話を聞けなかった」
「ご謙遜を」
 カルロにしてみれば、現在の主の姿と話の中の主のそれはかけ離れていた。現在の主は実に謙虚で物静かであり、真摯な人柄に思える。
 だがウィローは首を振って否定する。
「いや、僕は本当にひねくれていた。師匠へも……世の中へも、尊敬より、恨みとか不満の方が強かった。そしてそれを見抜かれていたんだろうね。次の日から地獄が始まったよ」
「地獄、ですか」
「そう、地獄の修業の日々が」

 ……一般に「地獄(じごく)」とはヘルズガルドの管理する領域だが、もちろんそのことではあるまい。ここでいう『地獄』とは比喩表現である。
 つまり過酷な修行の日々である。

「色々やらされたなあ。常に限界まで木剣を振らされたり、人前で剣を振らされたり。かと思えばいきなり剣を取り上げられたり。人前で踊らされたり歌わされたり」
 語っていくうちに何やら濁った目になっていくウィロー
 カルロには主の苦労が察せられた。
「何やら人前での行為が多いような気がしますが……それは剣術と関係があるのですか?」
「いや、『自信がない』と言うのが僕の口ぐせだったからじゃないかな。ならばむしろ人前でやってみろと。あと『全ての道は剣に通ず』と言われた。そう言われてはこちらとしては逆らえない」
「なる…ほど?」
 逆らえないが、それをいいことに利用されていた、とウィローは思う。
「ひどいのは、近所の奥方への恋文を代筆させられたことだったねー……」
「それは…」
「相手、だいぶ年下なのにねー……」

 常世国において重婚は許されているが、それはそれとして、老いた男がだいぶ年の離れた娘に懸想している様はいかがなものかと思われた(しかも彼には典雅さは無かった。むしろ荒っぽくて下品だった)。あと何か卑猥な言葉がやたら多かった気がする。そんなものを弟子に書きとらせるなと言いたい。
 うまくいかなくてよかった、とウィローはしみじみ思う。失敗してとても怒られたが。

※ ※ ※

 ともあれ、ウィローが送ったのはそんな混沌とした修行の日々であった。剣に触れ、それ以上に剣でないものに触れた。効率が良かったのかどうかは、甚だ不明だ。
 だが、あの日々を通してウィローの中の何かが変わったのも、確かであった。上手く言葉にできなかったが、自分を覆う「殻」のようなものが、少し破れたように思う。

 色々なことをやらされた。格闘、労働、耕作、刺繍、歌、舞踏、狩り、恋愛の代行。
 そういう諸々のことについて、有無を言わせず「やってみろ」と投げ入れられた感がある。
 …自分でもまあ簡単にできるだろうと、高をくくっていた物事も。
 反対に、自分には無理だろうと、勝手に諦めていた物事も。
 全てが想像通りであることなど、ほとんど無かった。
 そこには常に苦労と、新鮮な発見があった。何より体験があった。
 おかげで大抵のことは大丈夫だと思えるようになってしまった。それが良いことなのか悪いことなのかはわからない。そのせいか、自分は騎士としては典雅さに欠けるとも思うからだ。

 だが。
 例えばこれが。自分が、ひたむきに剣だけを学んでいたとしたなら。
 あるいは他の「模範的な」騎士や剣の師の下についていたなら。
 腕前がどんなに良いものだったとしても…自分は小さい器で終わっていただろう、という確信が、ウィローにはあった。
 そしてその小さな器が、恨みや妬みといったものですぐに満ちてしまう様が、容易く想像できた。「渇き」に満ちるということが。

※ ※

「主様、『最初の剣』については分かりましたが、『最後の剣』について伺ってもよろしいでしょうか?」

 束の間、遠い思い出に耽っていたウィローをカルロの声が引き戻した。
 ウィローは慌てて返事をする。
「ごめんごめん。えーまあ、そんな日々が功を奏したのか、僕は結局ダストハイムの賢者……セルヴィス卿に選ばれて従者になれた。そして研鑽の日々を積んで騎士としての叙勲設けた。そして、時が過ぎた」
 ウィローは懐かしい記憶を、忘れられない日のことを回想する。
「僕は年を取らなかったけど、ハザウェイは民として年を取った。そして来るべき日が来た」
「それは」
 何かを予感し、強張ったカルロに、ウィローはうなずく。


「そう、『最後の剣』を伝授されたのは、ハザウェイが死ぬその時だ」


※ ※ ※


「――馬鹿野郎、お前、来るのが遅いぞ」

 その昔。
 師匠ハザウェイの具合が著しく悪い、という報を聞きつけ、ウィローは慌てて故郷の村へ戻ってきた。
 そして師の家へ駆けつけたのだが……入るや否や、かけられたのは、先ほどの第一声。
 昔ながらの悪態にウィローは安堵し、眉をひそめるが、それは部屋の中を見るひと時まで。
 ハザウェイは寝床についており、ほとんど上体も起こせていなかった。
 死が近いことは明らかであった。

「お前が……いつ来るかとこっちは楽しみにしてたのによ」
 苦しげにあえぐハザウェイ。
「それは……申し訳ありませんでした」
 ウィローが何とか返事を返すと、ハザウェイは眉根を寄せる。
「馬鹿野郎、真面目に答えるな。どんなふうに……いじめてやろうかと思ってただけだ」
「……だから来なかったんですよ」
「ぬかしやがる……。おう……どれ、これを見てみろ」

 ハザウェイは己の手を差し上げて見せる。
 その手は小刻みに震えていた。
 そして近くにあった匙(さじ)を手に取ろうとするが、すぐに取り落としてしまう。

 ウィローはそんな師の姿が痛ましくて、たまらず顔を伏せた。
 だが、ハザウェイがそれを見て一喝する。
「馬鹿野郎、なんて顔をしてやがる!これで俺は剣の境地に一歩近づいたっていうのに!」
「……師匠」
「……はっは、久々だな、剣が持てねえっていう気持ちはよ。いつぞやのお前みたいじゃねえか、ええ?……いい情けなさだぜ。人間はこれを忘れちゃなんねえ」

 そう語るハザウェイの目は、ぎらぎらとした光さえ湛えていた。
 ウィローは何と言って良いのかわからなかった。師の言葉が強がりなのか、それとも本気なのかさえ分からない。だが、そこに込められた気迫は尋常ではなかった。

※ ※ ※

ウィローよう、お前‥…、騎士になったんだよな」
 少しして、ハザウェイは噛み締めるように言った。もちろんウィローが騎士になった報告など、とっくの昔に済ませている。だからこれはただの確認であった。
「はい」
「騎士は……楽しいか」
「楽しいかどうかは……分かりません。できないことも多いので」

 これはこの時の、ウィローの素直な気持ちであった。
 彼が騎士になってから守れたものは予想より多い。
 だが、守れなかったものも多かった。
 凡庸な騎士であれば、自分の身の回りだけで手いっぱいになっていればよかったのかもしれない。だがウィローは自分が思っていたよりも優秀であり、時に他の領地などから救援や招聘の声がかかることもあった。
 より広い範囲で働き、より民を救おうとすれば、救えなかった者が気になって仕方がない。
 体は二つとない。時は限られている。どうしても取りこぼすものが出てくる。
 望めば望むほど、欲すれば欲するほど。あるいは広い視野で見えてしまうからこそ。
 苦しみを心に負うことになる矛盾。
 その矛盾に、ウィローもまた直面していたのだ。

※ ※ ※

「……また何か悩んでんのか馬鹿野郎。しょうがねえな。奥から剣持ってこい」

 黙り込んだウィローの顔を見て、ハザウェイはそう言った。
 その言葉に慌てるウィロー
「無理です、その体では剣なんて持てないでしょう!」
「うるせえ!弟子は黙って師匠の言うことを聞きやがれ!」
「でも」
「でもじゃねえ!」
 しばし悶着した後、しぶしぶウィローは奥の部屋に飾ってあった剣を持ってくる。
 それは弟子入りの日、差し出された剣であった。あれから年月が経っているにも関わらず、その輝きにはない。やはり騎士によって具現化されたものであると思われた。

 それを部屋から持ってくる様を見て、ハザウェイはにやにやとした笑みを浮かべる。
「よしよし、持ってこれたじゃねえか。剣を持てるようになったんだな」
「馬鹿にしないでください。当たり前でしょう」
 もう剣を持てなかった、あの時の自分とは違うのだから――。
 そう思い、苛立ったのだが。

「ああ……当たり前だぁ?お前、本当にそう思ってんのか」

 怒気を孕んだ声。ウィローはハッとしたが、もはや遅かった。
「偉くなったもんだな、泣き虫が。じゃあ俺に剣を貸してみろ」
「師匠――」
「いいから貸せ!」
「………………」
 ウィローは剣を差し出す。ハザウェイは両手でそれを受取ろうとする。
 が、手が震えて持てない。明らかに大した力もこもっていない。
 剣を落とすことが目に見えていて、ウィローが手を放すこともできない。
 ハザウェイは勝ち誇った顔で笑った。
「おう見ろ、持てねえぞ、この野郎……。大騎士様と違って今の俺にはこんなことも当たり前じゃねえんだ」
「……すみませんでした。自分が間違って……」
「違え。そんなことを聞きたいんじゃねえ」
 ハザウェイの声は厳しい。だが、もはや怒気は無かった。
 その口調はいつしか、諭すようなものになっていた。

ウィロー……、剣を持てるのは、当たり前か」
「当たり前では……ないです」
「取り繕うな。『当たり前』でいい……。ただし今のお前にとっては、だが」
 そう言って、ハザウェイは苦しそうに上体を起こす。
「人間ちっぽけなもんでよ……できることが増えっと、できないことが惜しくなる。そんで今までできてたことに、感謝もしなくなる。『なんだ大したことないじゃないか』ってよ。だがよ…本当にそうなのかい」
 そう言ってハザウェイは咳込む。拭った手には血がついている。すでに体は限界に達し、肺腑はぼろぼろだった。

 慌てて身体を支えようとするウィロー。だがハザウェイはそれを手で制し、構わずしゃべり続ける。
「何か新しくできるようになると……、今までの事の価値は落ちんのかい。違うだろう、違うだろうが……。生きるってことはよ。そんなに都合のいいことじゃあねえ……。簡単なこともできずに、それより上等なことはできねえのさ。今の俺のようにな……」
 一言一言ごとに、ハザウェイの命が尽きていくようであった。
 ウィローはもうやめてくれ、と言いたかった。「分かったからやめてくれ」と。
 だが、そうは言えなかった。
 師匠は、何か大事なことを伝えようとしている。その命を懸けて。
 そしてその言わんとするところを、自分は何も「分かっていない」のだ。嘘をつくことはできない。


※ ※ ※

「いいものを見せてやる」

 そう言ってハザウェイは、手ぶりで、ウィローに遠ざかるように示した。
 逆らえず、剣を持ったまま遠ざかるウィロー
 そしてハザウェイは剣に両手を伸ばした。当然ながら位置が遠く、届かない。
 だが構わず、彼はそのまま両手の位置を揃え、合わせ、手をすぼめた。
 ……何も掴んではいない。
 強いて言うなら、空の手で剣を持つ構えである。言ってしまえば「振り」である。
 だがハザウェイの表情は真剣そのものであった。その顔には玉のような汗が浮かんでいた。「振り」に決して手を抜いていない。あらん限りの力を込めている。
 まるで本当に見えぬ剣を掴んでいて、その重さに懸命に抗っているようであった。

 ハザウェイは歯を食いしばり、苦しげに呻く。だがその手を緩めることはしない。
「どれくらい…生きるかなんて……誰にも分からんのだ。騎士だって……死なねえこたぁ、ねえんだろ…」
「…はい」
 不老不死の騎士であれど、太陽による消滅や堕落の危険は常に伴う。それを「死」と呼ぶならば確かに騎士もまた死ぬものである。
 ウィローが失ってきた騎士の友も、また多い。

 思い出し、強張ったウィローの表情を見て、しかしハザウェイは微笑んだ。
「じゃあ……懸命にならんとな」
「師匠」
 ハザウェイは何も持っていない、しかし何かを『掴んでいる』手を突き出す。
「……俺が馬鹿に見えるかい。何も持ってない俺が……。……だがよ。そいつはてめえも同じことだぜ。最初には、お前も何も持ってなかった……そして失うんだ。だからよう」
 言葉を切り、
「……今振ってる剣が……『最後の剣』にならんとは限らんのだから……今できてることに……感謝しないとな」
 そう言ってハザウェイは。

「『懸命にやる』ってのを見せてやる。……これが俺の『最後の剣』だ」

 その手の中の『剣』を、振り始めた。


 ……その動作はとてもとても緩慢だった。
 まるで止まっているようにも見えた。だが確実に少しずつ動き続け。
 力をゆるめることはなく。ゆっくりと軌道を描き。 
 まるであたかも本当の剣を振っているが如く
 苦しげに。懸命に。手を動かし。
 やがて――振り切った。
 ハザウェイはそのまま動きを止める。
 そして、最後に目を閉じ。静かに、


「うむ……」


 と、何かを味わうかのように、かすかに声を漏らした。



 ……その後、しばらく静寂があった。
 外の鳥の声や木々の音を除いて、何も音はしなかった。
 長い時が経ったはずなのに。
 ハザウェイは、上体を起こし、見えぬ剣を掴んだままの姿勢のまま、動かない。

「師匠……?」

 ウィローが呼びかけるが返事はなく。
 恐る恐る師の胸に手を当ててみるが、鼓動はもはや止まっていた。
 それを知ってウィローは、ああ、と深く嘆息した。

 ――剣を振りきった姿勢で、ハザウェイは事切れていた。

 ウィローは、しばらく、ぼんやりとその師の顔を眺めていたが。
  やがて、

「見届けました……師匠」

 と言って、静かに師匠の体を横たえた。


※ ※ ※



「――とまあ、そんなことがあったのさ」

 ウィローはそう言って話を結んだ。

 現在。
 二人はまだ庭園にいたが、紅月の位置は変化している。
 話をすべて聞き終える間に、結構な時間が過ぎていた。

「そんなことがあったので、『最強の剣』というものを考える時に、僕は昔のことを思い出してしまう。まああれは最強でもなんでもなかったのだけど……」
 どうにも心に残ってやまない。
 そうウィローは思っている。
「それは……何とも」
 主の話に、カルロは答えあぐねる。
 素晴らしいお話をありがとうございます、というようなことを言えればよかったのだが、何故か言えなかった。気の利いた受け答えは得意だったはずなのに。

 ウィローはその様子を見て、にこりと笑った。
「世辞は要らないよ。……カルロ、君は優秀だ。たぶん僕よりすごい優秀だ」
「そのようなことは……」
「謙遜はいい。だが、だからこそ見えないものもある、と思った。だから昔の話をしたのさ。君を分かりやすい『強い騎士』にすることはきっと容易いのだけれど……僕はそうしたくない」
 そしてウィローは下から、カルロの目を覗き込んだ。

「強い騎士を目指してもいいけど、できれば楽しく目指してね」

 そう言って無邪気にほほ笑む。

 それを見て、カルロは顔に血が上るのを感じた。万事につけ優秀であった彼は、逆に子ども扱いには慣れていなかった。ましてや、役に立ちたいと思う対象から、このような慈愛の目線で言葉を駆けられるとは……。
 格の違いを感じ、カルロはありがたいような、気恥ずかしいような、いたたまれないような気分になった。

※ ※ ※

 何だか顔を赤くして走り去り、急いで素振りを再開したカルロ。
 それを横目に、ウィローは笑っていた。
 カルロはカルロなりの、人生と困難を歩むのだろう。壁に当たるのだろう。
 そこに自分ができることはきっと少ない。
 だが…この手の中に掴めるものは、きっと元々少ないのだ。
 であれば、できるだけをするしかない。


 ――紅月を見上げて、ウィローは手の中に剣を具現化する。
 そして振った。すさまじい速度で剣が過ぎる。
 見事な一撃であった。
 だが、足りない、とウィローは思った。
 今度はより速く振ってみる。だが足りない。
 今度はもう少しゆっくりと振ってみる。だが足りない。

 今度は師匠の死に際を思い浮かべて、できるだけゆっくりと振ってみる。
 ゆっくりと、ゆっくりと、振ってみる。
 振り終えて。
 なお、足りなかった。



 そもそも物差しが違っていた。
 あの剣は、最強でもなく、最速でもなく、最美でもなかった。
 一人の「民」が、自分の人生を賭して振った剣。振り続けた剣。
 その『最後の剣』を、自分がたまたま見ただけだ。
 生きていたという証を。


 ――何をしても、きっと自分があの剣にたどり着くことはない。


 ウィローはそう感じた。
 だがそれでいい、と思った。


 そして彼は踵を返し、彼の弟子に稽古をつけるべく、歩き去っていった。

 
                               (終)







◆用語集(NG集)
ウィロー
 「白柳卿(はくりゅうきょう)」と呼ばれる騎士。
 名前の由来は「柳(やなぎ)」を表す英語「willow(ウィロー)」。

・カルロ:
 ウィローの従者。
 映画『コマンドー』ファンであれば「見てこいカルロ」と言いたくなるかもしれないが、勘弁してやって欲しい。
 小説の描き始めの時点では少年っぽく見える男装娘(本名:キャロライン)の予定であったが、途中でただの優秀な青年に変更されたので、むしろ悪堕ちの危険は高まった。



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