ゲームの話ー。
TRPG『ドラクルージュ』*1の今度やるシナリオ考えていたら、
なんか裏事情の小説っぽい物ができてしまったのでメモ。
※特に直接的な描写とかはありませんが、雰囲気にエロスがなくもないのでご注意を。
※ ※ ※
☆題名:『夜は更ける』
――常世国にあっても「夜」はある。もっとも半ば形のみに近いが。
夜に終わりがないこの国であるが、一方で「夜」の区切りはとても重要であった。
もちろん民はこの時に眠り、その身を休めるが、それだけでなく。
またそれは騎士にとっても、憩いの時になりえる。
さして眠りを欲さぬ騎士にとって、昼夜の別は実たる意味を持たずとも。
「時」はいつでも同じものと思ってしまえば、生は味気のないものとなる。
故に、「区切り」やささやかな「宴」の類は、おろそかにはできぬものであった。
※ ※ ※
さて、「夜」は平等に、とある領地の上にも訪れていた。
――シュヴァルツシルト領、執務室。
蝋燭の仄かな明かりが領主の顔を照らす。
金の髪に、青き瞳。外見は整った顔の青年に見えるが、その齢は50を超えている。
オルランド・シュヴァルツシルト・ノスフェラス卿である。
「先日の夜会は…楽しいものだったな」
彼は手元で書をしたためながら、自分の侍従長「サラ」に声をかけた。
先日、とある騎士がこの領を訪れたのだ。
オルランドが言っているのはその時に開いた宴のことである。
本来、ある騎士の領地を他の騎士が訪れるのは珍しいことではない。
だが、この領に限っては珍しい部類に入る。
領主の血統が「ノスフェラス」なれば。――不名誉の血統なれば。
全ての責を血統に帰するのは、いささか乱暴かもしれないが…。
「ええ、本当に楽しゅうございました」
サラが笑顔で返す。
その声に強い喜色を感じ取り、オルランドはふとサラの姿に目をやった。
今年で20の半ばの娘。
年若き侍従長。健康であり、存外に壮健でもある。
美しい顔立ちをし、栗色の髪を簡素に後ろでまとめている。
清潔にはしているが、華美ではない。
だが侍従長の名に恥じぬ、主の顔に泥を塗らぬ程度には着飾っている。
そして何よりよく働く。
――サラはよくやっている。自分には余るくらいに。
オルランドはぼんやりと考える。
そこで先日の宴の光景が脳裏をよぎった。
この領を訪れた騎士をもてなす宴。
かの騎士を、熱心にもてなすサラの姿。
かつて見たことがない熱の入れようだった。
――そう、自分にも見せたことがないほどに。
ふと思う。
自分は何かを怠っていただろうか?
密に彼女に不満を抱かせていたのだろうか?
自分は良き領主ではなかっただろうか…?
オルランドは首を振る。そうではない。
自分とあの騎士を比べる必要はない。
それに人の想いは自由である。
それを縛るのは領主としても、騎士としても狭量に過ぎる。
ああ、だがしかし。
現在の目の前のサラ、その姿は、その清廉さ、挺身を持って、どこか自分を断罪しているようにも見えた。オルランドの邪心を。
せめて彼女が放蕩、邪悪の類であったなら。彼女こそを断罪できたものを――。
オルランドはまた首を振った。どうやら疲れているようだ。
主の様子を見て、サラが声をかける。
「お疲れですが?お休みになられた方が」
「いや、大丈夫だ」
「では、お飲み物のお代わりは」
サラは手近にあった葡萄酒を差し上げて見せる。
オルランドは手の中の酒杯を見た。とっくのとうに乾いていた。
それを手で弄びつつ、彼はぽつりと声を漏らした。
「渇いているのは喉ではない」
しまった。彼は即座に後悔した。
こんなことを言うつもりではなかった。
目の前のサラを見ると、顔を赤らめていた。
告白したも同然だった。自分は騎士として「渇いて」いるのだと。
抱擁や口づけを要求しているのだと。
自分を慰めよ、と。
「お望みならば…」
サラは少し恥じらいながらも言い、主に一歩近寄った。
オルランドはそれをとっさに手で制す。
抱擁や手首への口づけの類が、騎士と民では意味が違うことは知っている。
有り体に行ってしまえば「性的な」ものを要求するわけではないことも。
騎士のそれは精神の癒しであり、肉体の欲求とはまた違う。
そして従者であるならば、騎士の渇きを癒すことはなんら恥ではない。むしろ誉れである。
分かっている。分かってはいるのだが。
だが、オルランドはサラにそうしたくはなかった。
何故だろう?
魅力を感じていないわけではない。
彼女にはいつも感謝し、頭が上がらないほどだ。だが。
騎士と従者の関係を理由に、彼女に実務以上の何かをさせたくはなかった。
彼は思う。
(美化しすぎているのかもしれない)
「こんな」自分のために尽くしてくれている者を。
(負けたくないのかもしれない)
「こんな」自分であっても、憐れみを乞う存在であるとは、思いたくはなかった。
(恐れているのかもしれない)
「こんな」自分を拒まれることを。あるいは無理強いすることを。
そして、目の前の娘が、自分以外の誰かを思いながら、
自らの手に抱かれることは何よりも――
(ああ――絡まりすぎている)
オルランドは手を突き出したままうなだれ、沈黙する。
サラは、一向に――今夜だけではなく、従者として一度も――自分を求めようとはしないオルランドに、問いかける。
「私は何か…粗相を致しましたでしょうか」
その体は、少し震えていた。
そういうことではない、とオルランドは思った。だがそれを正確に説明することはできない。説明することはすなわち、この醜さをさらすことだ。
「……そうではない、そうではないのだ。ご苦労だった。今日はもう下がって良い」
※ ※ ※
オルランドはサラを強引に帰らせると、背後にある、自領の紋章を見遣った。
その模様は3つの要素によって構成されている。
緑の若木、それをかばう黒盾、その一切を囲むような城壁。
未来への希望、それを守る決意を込めて作ったものだ。
だが今はそれが、自分の狭量さを示しているようにも思えた。
自分の過保護さを。そして自分の勇気のなさを。
「…城壁はやめて、鳥や鳳凰にすべきだったかもしれん」
せめて模様だけでも、もっと軽やかなものに。もっと自由なものに――。
だがそれが本質的な問題でないことは、彼にもわかっていた。
※ ※ ※
心に暗きものがあれど、それでも夜は続いていく。
常夜国の夜には終わりがない。時はただの区切りに過ぎない。
すなわち、心を区切れぬ者にとって、「夜」はまさしく終わりがなかった。
(終)