インドネシア語で「現実(げんじつ)」*2などを表す言葉
「kenyataan(クニャタアン)」についての話です。
前置き。
筆者がちょっとインドネシア語を調べていると、
「現実(げんじつ)」という言葉の訳が「kenyataan(クニャタアン)」となっているのを見つけました。
…なんか響きがかわいいですね。
「クニャタアン」の前半は何となく「くにゃっ」としていそうですし、後半の「タアン」の響きは「○○たん」…「○○ちゃん」の変化形を連想したりします。
なので「クニャタアン」はどこかのかわいいキャラクターっぽくもありますね。
「現実(げんじつ)」といいますと、よくうまくいかない時とかに
「これが現実かよ…!」と言われたり、
「現実には勝てないのか…」などと言われたりするイメージもありますが。
それを置き換えて「これがクニャタアン(現実)かよ…!」とか
「クニャタアン(現実)には勝てないのか…」と言うと、なんかかわいいですね。
意味は変わっていないはずなのですが、響きがちょっとユーモラスに感じます(個人的感想)。
※
さて、昔の過去記事でも少し書いたようなことですが、
「現実(げんじつ)」というと、よく「戦う」相手とか、「敵(てき)」として捉えられたりする印象です。
例えば「厳しい現実が立ちはだかる」とか、「現実は理想(りそう)とは違う」とか。
まあうまくいかないことって多いですしね。
でも自分がうまく行ってる時でも、それは「現実」のはずですが、
そういう時は「現実が味方してくれた」とか「現実に感謝」とはあまり言わないですね。
「自分が運がいい」とか、「俺は有能だ」と言うことの方が多い印象です。
そう考えると「現実」を「戦う相手」と捉えているのは、むしろ自分…見る側の視点なのかもしれません。
さて、あなたにとって「現実(クニャタアン)」は戦う相手でしょうか?
もちろん、どんな答えでもよいのですが。
ただ、日々を生きることが、新しい「現実」に出会うことだとすれば、
それは新しい「クニャタアン(現実)」に出会うこと、と言えるかもしれません。
こういうと、なんだかキャラの収集・育成ゲームっぽいですね。ポケモンっぽい
今は新型コロナウイルス*3の影響で、できないこと、上手くいかないことも多いですが。
でも明日になれば新しい「クニャタアン(現実)」に会えたり、
また自分の行動で、また違った「クニャタアン」を生み出せるかも…?と考えると、
ちょっとだけ、楽しいかもしれませんね。
まあそんな感じで~。
◆用語集
・kenyataan(クニャタアン):
関連用語:「keajaiban(クアジャイバン)/奇跡(きせき)」*4、「mukjizat/ムクジザッ(ト)/奇跡」、「kecintaan(クチンタアン)/愛」*5
*1:「インドネシア語」については 2/20 社会:悪→善チェンジ ~魔女ランダは白魔術を覚えた!~ - のっぽさんの勉強メモ を参照。
*2:「現実(げんじつ)」については 12/16 こころの話:「現実(げんじつ)」は変えられない、のではなくて - のっぽさんの勉強メモ を参照。
*3:「新型コロナウイルス」については 2/14 生+英他:「病気(びょうき)」に関する英語7つ+α! ~今週の英語セブン~ - のっぽさんの勉強メモ を参照。
*4:インドネシア語で「奇跡(きせき)」を表す「keajaiban(クアジャイバン)」と「mukjizat/ムクジザッ(ト)」については 8/21 こころ+諸外:「奇跡(きせき)」を表す外国語7つ+α! ~今週の外国語セブン~ - のっぽさんの勉強メモ を参照。
*5:「愛」などを表すインドネシア語「kecintaan(クチンタアン)」については 2/12 こころ+諸外:「愛(あい)」を表す外国語7つ+α! ~今週の外国語セブン~ - のっぽさんの勉強メモ を参照。