社会+こころ+ゲームの話ー。
「法律(ほうりつ)」*1を学んでおくと、
結構「危険(きけん)」に対処しやすくなるかも?という思い付きの話です。
ちょっと雑ですが。
前置き。
筆者がライトノベルやゲーム(特に特殊能力や魔法の出るもの)の本を読んていて、
「それぞれの作品内で色々変わったルールがあるなあ…」と思いまして。
で、そこから「では、現実の法律は、どういう意味があるのか?」と考えてみた話です。
(※調べものではなく自分の考えの話になります)
※
まず、世の中の「法律(ほうりつ)」やルールというものは、
大体「その人ができること」や、
「その時代にできるかもしれないこと」に関して作られることが多いかと思います。
例えば、誰かが新しい商売を始めたら、その後に「その商売に関する法律」ができたり、
飛行機が発明がされたら、その前後くらいに「飛行機に関する法律」ができたりしてるかと思います。
あとは、何か大きな事件・事故が起こった場合でも、後から法律が作られることもありますね。
以後こういうことはダメですよ、とか、こうやって気を付けましょう、とか。
これらはすでに「起こってしまったこと」なので、当然人が「できること」にも入ります。
逆に、「最初からできないこと」は、わざわざ法律で縛られたりしない、と言えるかと思います。
例えばマンガみたいに「手から炎を出しちゃいけないよ!」って言わなくても、
現実では大抵の人はそんなことはできないわけです。
だから法律を作る必要がないと(現実でもこういう法律は多分ないですね)。
そのように、「できないことに関しては、法律が作られない」として。
ということは、逆に言えば、
今ある「法律」というのは、「基本的に人ができることや、起こりうることに関するもの」と言えます。
例えば、「犯罪(はんざい)」を取り締まる法律というものがあります。
もしも、人が犯罪をしない確率が100%なら、最初からこの法律は要らないですし、作られもしなかったでしょう。
ということは逆に言えば、この法律があるのは、「人が犯罪をする可能性があるから」ですね。
例えば、公害(こうがい)に関するいろんな法律や罰則(ばっそく)。
放っておいても企業などがこれを守るなら、これらも要らないかと思われます。
逆に言えば、この法律があるのは、「企業などが公害を起こす可能性があるから」ですし、
これについてはさらに「過去にそういう公害事件が起こったから」とも言えます。
(例えば社会科で習う「水俣病」などや、「足尾鉱山鉱毒事件」など)
そう考えると、それぞれの「法律」というのは、
「人間が何ができるか、何をするか」という「可能性」を示すものでもあり、
あるいは「どういう事件や事故が過去に起こったか」という、「歴史」的なデータでもある、と言えるのではないかと思います。
つまり色んな危険(きけん)に関するものですね。
※
筆者が現場で、社会科の「法律」の勉強をお手伝いしている時には、
「こんな法律なくたって、悪いことはやらないよ!」みたいな反応もあったりします。
それはそれでいいことなのですが、残念ながら、自分がやらなくても、他の人がやる可能性はあります。
いっぱいの法律がある、ということは、それだけの事件が過去にあり、
また現在もそれだけの「危険(きけん)」がある、と言えるかもしれません。
危険は知らなければ対応しづらいですが、内容を知れば少し対応しやすくなります。
そしてその内容は、法律を見れば、ある程度は知ることもできます。
完璧なマニュアルではなくとも、回避のための「ヒント」が詰まっているもの、とは言えるかもしれません。
まあぶっちゃけ法律はややこしいですが、ちょっと学んでおくと、
いざという時に自分の身を守る「ヒント」になってくれるかも?
まあそんな感じで~。
追記
ちなみに(上でもちょっと書いたように)漫画やアニメなどの中には、
人々が特殊能力(とくしゅのうりょく)…不思議な力を使える、という作品もありまして。
そういう作品内では、「特殊能力に関するルール」があったりしますね。
例えば「学校内では、むやみに特殊能力を使ってはならない」って感じです。
まあ、学校内で特殊能力を自由に使われると、校舎とか壊れちゃいそうですしね。
で、一方で「現実」にはないと。
これも「人間にどういうことができるか」という可能性に対応して、
(その世界なりの)法律が作られた例と言えるかと思います。
ライトノベルやゲームの最初には「世界観やルールの説明」などがよくありますが、
これを注意深く読むと、社会の勉強にもなっていいかもしれませんね。
*1:「法律(ほうりつ)」や「ルール」については 3/27 こころの話+体育:不自由(ふじゆう)だからゲームは面白い!? - のっぽさんの勉強メモ を参照。