のっぽさんの勉強メモ

主に中学の学習内容を扱っています。不定期更新ですー。

4/15 数学:「マイナス」/「ない」ことがここにある、ということ

 数学の話ー。国語とか哲学*1風味。
 なんか書いてるうちに哀しいトーンになりましたすみません。
 あと身近にご不幸があった方には不快かもしれません。

 マイナス*2についての話を広げて。
 つまり「『ないものがある』ってことを意識するには記憶の存在が大事」て話。
 よくよく考えるとマイナスと言うより「ゼロ」の話かもしれません。
 【「ない」ということは「ゼロ」のようにも思えますが
  「欠けている」という「喪失(そうしつ)」の感覚には
  「マイナス」がしっくりくるので
   本記事では「マイナス」を使っています。ご了承を】


 過去記事で「1+1」についての話を書きましたが。
 自然界のものは基本そこに「ある」だけであり、「マイナス」というのはありません(多分)。
 (多分「ゼロ」もない。)

 例えばものを移動させても、それは「ある」場所が変わっただけです。
 僕がリンゴを食べても、それはリンゴが形を変えて僕に吸収されただけです。
 仮に「全てを飲み込むブラックホール」がここにあっても、それはブラックホールという存在(「1」)がそこにあるだけです。

 だから「ここに~がない」という「マイナス」を思う意識は、あくまで人間とかの側が考えることであります。
 目の前の物理的なもの、というよりは「目の前にないもの」を思った時に初めて「ない」ってことが意識されるわけですね。
 

 そして、「~がない」と意識するためには、記憶の能力が重要になります。
 「ここにトムがいない」と思うためにはトムのことを覚えていなくてはならないわけです。
 逆に、記憶できなければ、「~がない」と思うことはできません。
 (「未来(みらい)」を考える時も記憶の能力は重要になりますが、また今度)

 自分でも何が書きたいのかよくわかりませんが……。
 「大切な人がいない」という悲しみはある意味でとても人間的なものじゃないか、と思います。
 心のなせるわざと言いましょうか。
 物理的には「その人の不在」は目の前になくても、「いないこと」が心で強く感じられる、というのは、
 言葉にするのも無粋ですが、「『マイナス』がある」ということに近いのかもしれません。
 いうなれば「欠落」の存在でしょうか。

 ここで過去記事の「1+1」にからめると、
 全てのものは「替えのない『1』」ということができます。
 であるならば、「替えのないものの欠落」は何によっても埋まることはないのかもしれません。

 ……なんか自分でもすごいひどいことを書いている気がしますね。ご不快でしたらごめんなさい。
 でもそこからどう考えるか、それをどうとらえるか、というのはまた人それぞれだと思います。

 「替えになるもの」を探しに行くのか、
 替えはない、と割り切って動き出すのか、
 それとも哀しい、ということに集中するのか。
 特に正解は無いと思います。状況にもよりますし。
 そもそも筆者がどうこう言えることではありませんが……。

 でももし、あなたが大切な人や、あるいはも大切なものをなくして
 「頭ではわかっていても悲しい」とか、
 「~しなくちゃいけないのに前に進めない。こんな自分はダメなのか?」と思ったとして
 それ自体は不思議なことではない、ということが言えるんじゃないかと思います。
 悲しいものは悲しい、と。



 よくわからない感じですみません。
 まあそんな感じで~。



◆用語集
・替え:自然界に完全に同じものはない(多分)。
 だが「違いを気にしない」ことや「全てのものを『替えのあるもの』とみなす」ことはできる。
 過去記事「1+1=2」で挙げたように、足し算を可能にしているものにも少し絡んでいる。
 あとマンガとかの悪役の「お前の替えはいくらでもいるんだよォ!」てセリフのように「機能」「組織にとっての役割」から捉えることもできる。
 加えて現代社会の「価格」とか「大量生産」とかは、「同じ(ような)もの沢山」「変えのあるもの沢山」という気分を人間に与えやすい。
 詳しくは「お金と価値と愛の話」の用語集も参照あれ。


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